失われし神託の時代の物語(10) ドラゴンの恐怖

Tales of Lost Omens: Dragonfear


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失われし神託の時代。
広大な版図を有するタルドールでは、かつてドラゴンを支配しようとしてアーティファクト、オーヴ・オブ・ドラゴンカインドが使われ、失敗した結果、国中のドラゴンが凶暴化したドラゴン・プレイグという出来事があった。
人間達が凶暴化したドラゴンを殺して騒動を鎮静化した結果、タルドールではあまりドラゴンが見かけられないようになったのだが……。




失われし神託の物語(10) ドラゴンの恐怖

 彼らはドラゴンについて話をしていた。
 ウガロは岩だらけの突起の上に腹ばいになり、肘を使って荒い地面の上を急いで動いた。岩が痣にこすれたが、彼は痛みに耐えて黙っていた。

「だが、タルドールにはドラゴンはいないぞ! 何百年もだ! 2,000年以上前にドラゴン・プレイグが起こり、それから我らが栄えあるドラゴンスレイヤーが……」

 その声は年長者の男性のもので、苛立たしげで特権的な物言いだった。貴族で、しかも悪い知らせに慣れていない奴だ。ウガロは判断した。
 もう1人は、彼に知らせを断固として受け入れさせようとしていた。女性で、男より若く、外国の発音をしていたが、だからといって鋭い舌鋒が紛れるわけではない。

「エオヴラス、ドラゴン・プレイグが終わったのはいつでしたか?」

「アブサロム暦3672年です、レディ」

 もう1人、別の人間が話した。女性よりも若い。男だ。
 ウガロは近くの突起の近くに頭を突っ込むために、前へと体を伸ばした。全員が見えた。彼らは鎧を着ていて、ほとんど同じように見えた。
 灰色の髪の毛をした貴族は装飾のついた、金で輝く鎧に身を潜り込ませていた。鎧は明らかに、もっと肩幅が広く、腰回りが細い人物のために作られていた。彼は、ぼろぼろだがよく手入れのされている鎧に身を包んだ茶髪の女性と、それより若い、清潔そうに髪の毛を整えた見習い騎士に見える男性に相対していた
 いや、従者かもしれないぞ?
 女性が頭を振った。
「この善良な男爵の思い出話は少しばかり時代遅れのようですよ。この数日、男爵領に不法侵入しているドラゴンが、2000年以上前の出来事を考慮して思いとどまると思いますか?」
 若き騎士エオヴラスは頭を下げた。
「わたくしには何も申し上げられません、レディ」

「俺は言えます!」

 ウガロの不意の発言は、彼自身すらうろたえさせた。突起からほとんど手を離しかけ、たじろいでいる彼を全員が見上げた。見習い騎士と男爵は目に見えてうろたえていた。女性だけが驚いていないようだった。
 彼女はウガロがいることに気付いていたのだろうか。
 息を呑み、ウガロは急な岩の斜面を降りて彼らの前に立った。彼は上着をなおしたが、粗末な衣服には焼け跡や穴があり、しかも彼は素足で、職を失った汚い鉱夫であって、そんなことをしても無駄だった。だが、彼には言わなければならないことがあった。

「あれはドラゴンでした。領主様。騎士様。あれは……あいつは、ドラゴンだったんです」

 唐突に、ウガロの目から涙があふれた。熱い涙がつうっと滑る。胸が痛かった。石だらけの土地をドラゴンが炎で引き裂き、彼の肺の空気を全部、吸い上げてしまった時のように、息をするのが辛かった。あの獣の名前を口にすると、まるで、あの恐ろしい瞬間を蘇らせるかのようだった。

「あいつは、ドラゴンでした」

 彼はどうにか再び口にすると、嗚咽に震えながら崩れた。そうせずにはいられなかった。彼は十三歳だった。
「案内して下さい」
 と女性が言った。

 炎の光線が鉱夫の野営地を覆い、爆発の中心地には全て、固い地面に溝が出来ていて凄まじい威力を思わせた。女性とその同行者達を廃墟に案内するウガロの足下では、ところどころ砂利があらわになった草地が乾いてひび割れていた。彼らはウガロに素足を保護するためのブーツをくれたのだが、それでもウガロにはすりきれた靴底を通じて、炎の残響が感じられた。
 凶暴なまでの熱が岩を砕き、鉄の道具を溶かして雫を滴らせる板にしてしまったが、それは素早く過ぎ去っていったため、湿った土で覆われた野営地の庭園に植わっていたカブは、焦げた黒い土の下で完全に健やかなままだった。女性、シッラが調べるために1本引き抜いて、それから注意深く、再び植え直した。まるでそれは、誰かがいつかそのカブを収穫するかもしれず、浪費させたくないかのような仕草だった。

 なんて変な人達なんだ。こんな時にカブの心配なんて……。

「みんな、ここで死にました」
 ウガロは指を指したが、その必要はなかった。
 かつて野営地の最も大きな建物だったダイニングホールは廃墟となって煙を出していた。炭化した木枠の外側には、まだきっちりと、触れられることなく鉱夫達のブーツが並んでいた。ドラゴンは中に追い立てる前に靴を脱がせたのである。それはジョークで、鉱夫達に墓地に対する敬意を示すように要求するものだった。
 落ち葉のように、個人的な手紙と焦げた遺品がブーツの周りに散らばっていた。ドラゴンはそれも取ったのだ。大声で手紙を一つ一つ読み上げ、死への悲しみと所有者が気分を盛り上げる前に、スペルの間違いやセンチメンタルにあふれた感情をあざ笑ったのである。ウガロは遠くで隠れながら、その生き物の残酷さと壮大さに息を呑んだのだった。

 彼はそのことをこの見知らぬ人々に教えなかった。だが、女性が手紙を拾い上げるために立ち止まった。そして、彼女はその内容を知ると口を強ばらせた。それでウガロには、ドラゴンのしたことを彼女が知ったのだと分かった。
 彼女は手紙を折りたたみ、それを空っぽのブーツの中に、敬意を込めて押し込んだ。

 なんて変な人達なんだ。

「どう思われますか?」
 エオヴラスが女性に尋ねた。
「分かりませんね」
 とシッラは認めた。
「炎の苛烈さ、爪痕の大きさ……これがダララティクスルの仕業だとは断言できませんが……」
 エオヴラスが目をみはった。
「貴女はまさか本当に……」
「いいえ。でもそれはただ、山脈の6番目の王がタルドールの僻地の採掘野営地を悩ませるとは思えないというだけの理由です」
 シッラはウガロが自分達を見つめ、申し訳なさそうに肩をすくめているのに気が付いた。
「気を悪くしないで下さいね」
 ウガロは気を悪くするなど想像もしなかった。採掘の野営地は僻地だった。そして彼は、襲撃についても理解していなかった。
「どうしてドラゴンが僕たちのところに?」
「わたくしは……」
 シッラが話を始めたが、男爵の叫びが彼女の答を遮った。
「ドラゴンだ!」
 一瞬の後、新たな声によって再び同じ叫びが聞こえた。その叫び声は必死の金切り声であった。そして彼らはウガロの悪夢に満ちた音に不吉な予感を感じた。

 まず、大きな、割れるような息を飲み込む音がした。それから、大気そのものがねじれて焼けているかのような猛烈な勢いで、虚ろで現実のものとは思われない炎のうなりが爆発した。そして……全てのものが燃えた。馬と騎士達の絶叫、秩序を取り戻そうとする、生き残った司令官の必死な叫び、最初の火災による小さな炎の飛び火の合唱が起こる。
 他の者達を置いて、シッラは騒音に向かって走った。男爵と見習い騎士は彼女の後に急いで続いた。そして、必死の、凍り付いたような躊躇いの後、ウガロもまた続いた。ドラゴンそのものよりも彼にとって恐ろしい唯一のことは、ドラゴンに1人で出会うことだった。

 巨大な赤いドラゴンが馬に乗った騎士達の戦場に炎のブレスを吐きながら、翼を広げていた。

 炎、煙、そして混乱が男爵の騎士達を飲み込んでいた。ドラゴンの存在による混乱が長引き、大気を毒していた。毒はウガロの首を刺し、激しい煙のように鼻を刺した。
 ドラゴンが再び動き回るのを見る前ですら、猛烈な恐怖が増幅していくのを感じ、理解した。
 それは計り知れないほどに巨大だった。
 ルビーよりも赤く、地よりも赤く。
 その翼は太陽を飲み込むように黒々として。
 それを見るだけでウガロの腸は水になってしまったかのようだった。
 どのようにしてあんなものに立ち向かっていけるのかは分からなかったが、どういう方法でか、騎士達はそれに立ち向かっていった。

 シッラはどこかで馬を見つけていた。彼女は刃を振り、何かを叫んでいたが、ウガロにはその言葉が理解出来なかった。それからウガロはドラゴンが彼女に向かって急降下するのを見た。その顎が再び、致命的な爆発を解き放つ。
 岩が炎を受けた。どういうわけか、シッラは突き出た岩の裏にいた。ウガロは今やっと、彼女が何をしたのか分かった。彼女は焼けてしまいそうな不器用な者や、その他の野営地の民が物陰に隠れられるように、獣の注意を逸らしたのだ。彼らは元々のドラゴンの経路にいて、彼女が炎を引きつけなければ、焼け死んでいただろう。
 シッラは岩の周辺から出てきて、再び挑発をした。だが、ドラゴンは今回は彼女に食いつかなかった。男爵が獣に突撃し、供の者達がその後に続いた。そしてドラゴンは代わりに彼らの相手をするために向き直った。
 しばらくの間、男爵は果敢であった。日光がその華やかな金色の鎧に反射して輝いた。彼の猛烈な突撃は、羽根飾りに旗に白い馬とあいまって、まるで絵本の挿絵のようだった。

 そして、ドラゴンが息を吸った。

 男爵の胸当てが魔法で輝き、地獄の炎に耐えた。その他のものは耐えられなかった。騎士達の鎧は蝋燭のように溶けた。馬が絶叫した。羽根飾りと旗が灰となり、混沌が隊列を飲み込んだ。そして男爵の煙を立てる胸当てから転がり落ちたものは、頭と足のない、実に身の毛のよだつものであった。
ドラゴンはゆっくりとがれきの間を蛇行し、胸当てを地面から取り上げた。まるで貝の中身をかきまわすように、革紐をひねって切り開くと、ドラゴンは煙の上がる空に勝利の咆哮を上げた。それから、ドラゴンは壊れた鎧を口に掲げて、顎を大きく開き、半分焼けてしまったそれを、がりがりと音を立てて味わいながら呑み込んだのである。
 岩の背後に隠れながら、ウガロは恐怖し、ドラゴンに圧倒されて目を大きく見ひらいた。吐かないようにと、口に手を当てた。負け戦だった。
 その時、安心感が彼を満たした。強靱で確かなものが彼の恐怖を和らげたのである。シッラの手が肩に置かれていた。彼女はドラゴンが殺したものを貪るのを見る、側に身をかがめながら、彼に止まるようにジェスチャーした。

「何が……なぜ」

 ウガロは驚愕していた。

「なぜ、こんなことになってしまったんでしょう」

 シッラが息荒く囁く。彼女の目はまだ、ドラゴンを追っていた。
「分かりません。あれはダララティクスルではありませんね。大きさは同じくらいですが……傷痕がありません。私の知るレッドドラゴンではないようです」
「どうするんですか?」
「引き下がりましょう。我々の最初に任務は生き残りを安全な場所に連れて行くことです。それから、このドラゴンが何者か、なぜやってきたのかを調査するつもりでした。準備が出来て、勇気以外の装備を調えてから行動するのです」
「あなたが?」
 あのような存在に対抗するなどという考えが……。
「我々が、ですよ」
 状況が切迫しているにも関わらず、シッラは微かな笑みを浮かべて彼を見つめた。
「あなたがそうしたくて、その準備が出来たら。でも今のところは、私達の任務は生き残ることです。だから、行きましょう。静かに。用心して。あなたはここの道を知っていますよね? 逃げるのを助けて下さい」
「はい」
 ウガロは頷いた。
 口の中はまだ乾いていたが、彼は手伝えるのが嬉しかった。勇敢になれる気がしたのだ。いつか、もっと凄いことをしてやろうと想像出来た。
「はい、こっちの道です」
 彼はぐっと言葉を呑み込んだ。
「今のところは」

Liane Merciel
Contributing Author


公式ブログ記事より





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