HatsuFinder
失われし神託の時代の物語(9) デッキの幻影
Tales of Lost Omens: Potents from the Deck
<前説>(この部分及びツールチップ(ロールオーバー表示の説明)は小説本文には含まれていません)
厳しい自然や先住民と共生する植民地ヴァリシアには、黄金のドームに囲まれた都市クリスティランがあった。
数千年前の遺産であるその都市の中に旅することは不可能であると言われていたが……。
カードは狂っていた。
イリーナは興奮が小さなキャビンを動揺させているのを感じた。
それは別々の歌を奏でる時代遅れの1ダースもの楽器のように、鋭く、苛立たしい振動だった。
何かが来ていた。運命という波に乗り、その先の定め全てをねじ曲げるような強大な何かが。
震えながら、イリーナは丸窓のところへ行った。雲に隠れてぼやけた月に辛うじて照らし出された、打ち上げる波の形以外には、ぼんやりとした暗闇だけが広がっていた。重く垂れ込めた雲を貫いて遠くで閃光が瞬いていた。嵐が近い。
シー・ファルコン号が、打ちつける波に揺れ動いた。イリーナのハロウ・デッキが机から落ちた。9枚のカードがキャビンのすりきれた絨毯にこぼれた。
イリーナの皮膚がひきつった。ハロウ・デッキに不慮の事故はない。偶然も間違いも有り得ない。そのような心安まる妄想に溺れるのは素人だけである。そして、イリーナがそういったものを信じていたのは大昔の話だった。
事実、まさにこのデッキを手に入れてからというもの、そんなことは一度もなかった。
イリーナは再び震えた。
よからぬ夜だった。火事、叫び声、混乱。このハロウ・デッキの折りたたまれた紙の箱は彼女のおじの暖かな血で濡れ、ラッカーの塗られたカードを彼女の手に滑り込ませた。彼女の皮膚に魔法のスリルが突き刺さる。それは望まれぬものだが、拒むことは叶わない。
そして重い責務と困難な生活。笑いのない孤独な数年間。そういった思い出が、ふとした瞬間、気を緩ませると彼女を簡単に呑み込む。
だが彼女は気を緩ませることはなかった。今ここで、嵐を乗り越えなくてはならないのだ。
カードはキャビンの床の上に、概ね正方形に散らばっている。伝統的な読み解きでは、これは3枚のカードからなる3つの列として扱われる。それぞれが過去、現在、未来を示し、役割カードを中心としたパターンとなっているのである。しかしながら、今夜は豪華な赤い絨毯上に別のパターンが作られていた。カードは3×3の形に落下しているが、列の間に別の列が交じっており、過去、現在、未来の間に整然とした隙間はない。カードの何枚かは裏返っているだけではなく、横向きに投げられていて、絵が別の絵を隠している。
助産婦。広い空。斜めになった真鍮のドワーフ:脅威の下での不死身。
絡みつく茨で繋がれた謝肉祭と悪魔のランタン:片方は奇抜さと幻影、もう片方は悪意ある欺き。
それらを共につかむのは血塗られた歴史?
それらの共有する歴史こそが欺きを暴く鍵だというのか、あるいは単に何らかの大きな嘘が何年も暴かれないままだということを意味するのか、イリーナには読み解くことが出来なかった。
常ならば、役割カードが相反する解釈を通じて彼女を導いていただろう。役割カードは、物語の主人公であるかのように、釣り合いの取れた見方や物語の構造を示すことによって、対立する要素の塊から明晰さを作り出すのである。自然的な読み解きにおいてすら、他の象徴を軌道にあてはめるために役割カードがあるものである。
しかし、今回はそれがない。中央のカードがなく、読み解きのための案内がない。イリーナの指はカードの上を軽く踊り、彼女の抱く疑問を示している。彼女がその返答として受け取った振動は、間違いようがなった:デッキには答が無いのだ。全てが結びついていて、意味なく絡まっている、未来-過去-現在の入り交じった混沌だけがある。蛇でいっぱいの寝台から未来を読み解くくらいに難しいことだった。
彼女はハロウ・カードを箱の中にしまい、それに抵抗しようとする手のひらの痙攣を無視して窮屈なキャビンを去った。嵐がくるにせよ、こないにせよ、空気が必要だった。
デッキの上では、嵐が続いていた。奇妙な黄色の棺桶が黒く垂れ込めた雲の腹に詰まり、空を横切って蜘蛛の巣のように張る雷は不規則に明るく輝いている。遠くに金色に輝くクリスティランの巨大なドームが、海岸の並が打ち付ける崖の上で、同じような奇妙な光を反射している。
違う。
イリーナは悟った。クリスティランは光を反射しているのではない。あれがこの奇妙な、めまいがするような輝きの源なのだ。その輝きは一瞬ごとに強烈になる。光の黄色いリボンが海を越えてあふれ、白い波の泡はサフランのように色づいている。光の波紋がドームの壮麗な内装を走り抜けていく。それはルーンの形に砕け、渦のような模様となり、そして離ればなれに散っていくのであった。
割れて崩れた水晶の壁に囲まれている都市。その破片は海に落ちていき、岩にぶつかる。空は嵐。その手前には、恐怖を浮かべた人々でいっぱいの帆船がある。
その光景に魅了されていたのは、彼女だけではなかった。他の乗客達もまた、彼女と共にその光景を見るために上がってきていた。その中にはティエン人の女性、ケレッシュ人の男性、血脈がライカンスロピーに呪われているのではないかと思わせるような、ぎざぎざで獣めいた特徴の上等なカフスシャツをまとったウースタラヴの貴族の男性がいる。それは彼女にとっては驚きではなかった。シー・ファルコン号は高額の料金を取っているが、購入出来るなら誰でも乗せてくれるし、他の船が避けるような目的地にも即座に向かう。
彼女は、乗客の誰かがクリスティランにこれほど近く航行するように金を支払ったのではないかと思った。このタッシリオンの廃墟は何千年間も学者達を不思議がらせてきた。巨大な水晶のドームの中には、時間によって風化することなく、到達不可能な、誰も居ない都市全体が完璧に保存された状態で残っている。ほとんどの者は、この年とその人々は何らかの古の大魔術士の呪いによって命を落としたと考えており、迷信深い船員達は罠にはまるのを恐れて、大幅にその周囲を避けようとする。
イリーナはいつも、それを愚かな妄想だと考えていたが、今は定かではなかった。水晶の下の都市は常に不気味だったが、今は別だった。如才なく、非常に圧迫感があって、今までに感じたことの無いものを感じた。まるでドームの中にある何らかの力が目覚めていて、周辺を嫉妬深く、飢えた眼差しで見つめ始めたかのようだった。邪悪な力だという確信があったが、何故かは分からなかった。
シー・ファルコン号の下では、海は中から照らされていて、溶けた黄金の湖の上を航行しているかのようだった。雲から雲へと閃光が瞬き、一回ごとに早くなっていくが、それは常に奇妙なことに音が無かった。イリーナを怯えさせるような凶暴な雷が頭上に落ちてくるまでは。
もう1回、そしてまた1回の音がした。イリーナはそれが雷とは全くの別物だということを悟った。クリスティランそのものが壊れているのである。輝くドームに大規模な亀裂が入っている。震える水晶の塊が海に落ち、遠くからシー・ファルコン号に衝撃を与えながら、塩水とひび割れた石が大きく飛び散る。
そして、長く空白であったクリスティランの都市の中に、イリーナは小さな、有り得ない多数の人々を見た。人間大の者もいたが、この距離からは小さく見えた。その他の者達が彼らの上にそびえていた。非常に大きい。巨人に違いなかった。彼女は言葉や服装といった詳細を理解していなかったが、その光景は彼女を理由無き恐怖で満たした。
「あれはなんだ?」
ワーウルフらしき貴族の男性が彼女の背後で言葉を詰まらせた。彼の分厚い黒い爪は、塩水がかかった木製の欄干にめりこんでいた。彼は半分は怪物に見えたが、この瞬間、イリーナは彼に突然の連帯感を感じた。もし彼が怪物だったとしても、少なくとも、イリーナの知る怪物なのであった。
「変革だわ」
とイリーナは言った。
「未来が過去にからみついている。過去が未来にやってきている。カードは私に暗示を与えた。そして今、それがはっきりとし始めている。古き意志が新しき意志と、新しき意志が古き意志とぶつかるでしょう」
「だがそれはどういう意味だ?」
貴族の男は、イリーナに向き直り、瞳を黄色に輝かせた。
「占いは所詮、占いだもの」
彼女は言った。
「占いではこの物語の中心が誰なのか、分からなかった。だから、今回、意味のあることは教えてくれないのよ。私達が見つけなきゃならないんだわ」
「たとえ誰が中心にいるにしても、か」
と貴族の男は、ドームの中の小さな人影を振り返りながら言った。
「ええ」
イリーナは新たな憂鬱のもたらす寒気に腕を組んだ。
「たとえ誰がその中心にいるとしても」
Liane Merciel
Contributing Author
公式ブログ記事より
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